サプライチェーン人権リスク特定の実践ガイド:具体的な進め方と社内連携のポイント
サプライチェーンにおける人権リスクへの対応は、今日の企業にとって避けて通れない課題となっています。特に若手の担当者の方々にとっては、どこから着手すべきか、社内でどのように進めれば良いのか、手探りの状態かもしれません。本記事では、サプライチェーンにおける人権リスクを効果的に特定するための実践的なステップと、社内でのスムーズな連携を実現するためのポイントを解説いたします。
サプライチェーン人権リスク特定の重要性
企業が人権デュー・ディリジェンスを実施する上で、最初にして最も重要なステップが「人権リスクの特定」です。これは、自社の事業活動やサプライチェーンにおいて、どのような人権侵害が発生する可能性があるのか、あるいは既に発生しているのかを洗い出すプロセスを指します。
人権リスクの特定が重要である主な理由は以下の通りです。
- 人権デュー・ディリジェンスの出発点: リスクを正確に特定することで、その後のリスクの評価、緩和策の実施、および効果のモニタリングといった一連のデュー・ディリジェンスプロセスを適切に進めることが可能になります。
- 法的・規制的要件への対応: 多くの国で、企業に対しサプライチェーンにおける人権・環境デュー・ディリジェンスを義務付ける法規制が導入されつつあります。これらの要件を満たすためには、まずリスクの特定が不可欠です。
- 企業価値の維持・向上: 人権リスクを放置することは、ブランドイメージの毀損、消費者からの不買運動、投資家からの評価低下など、企業価値に深刻な影響を及ぼす可能性があります。適切なリスク特定と対応は、企業のレピュテーション保護と持続的成長に貢献します。
サプライチェーンは複雑であり、情報の非対称性が存在するため、人権リスクの特定は容易ではありません。しかし、体系的なアプローチを取ることで、この課題に対応することが可能です。
サプライチェーン人権リスク特定の具体的な進め方
人権リスク特定は、一般的に以下の4つのステップで進められます。
ステップ1:情報収集とサプライチェーンの可視化
まず、自社のサプライチェーン全体を把握し、人権リスクに関連する情報を幅広く収集することから始めます。
- サプライヤーマッピングの実施:
- Tier1サプライヤー(直接取引先)だけでなく、可能な限りTier2以降のサプライヤー(間接取引先)までサプライチェーンを可視化することを目指します。
- 対象となるサプライヤーの所在地、主要な事業内容、製品・サービスの種類などを把握します。
- 情報源の活用:
- 既存の社内データ: サプライヤーリスト、監査報告書、調達方針、従業員アンケートなど。
- 公開情報: サプライヤーのウェブサイト、CSRレポート、プレスリリースなど。
- 業界レポートや専門機関の資料: 特定の産業や地域における人権リスクに関する一般的な情報。
- NGOや国際機関の情報: 特定の企業や地域における人権侵害に関する報告書やアラート。
- 国・地域のリスク評価: 人権状況が懸念される国や地域のリスト(例:米国務省の強制労働リスト、ILOの児童労働報告書など)。
- 製品・サービスに関連するリスク: 特定の原材料(例:鉱物、農産物)や製造工程に内在する人権リスクに関する情報。
ステップ2:潜在的な人権侵害リスクの特定と類型化
収集した情報に基づき、どのような人権侵害が発生する可能性があるかを洗い出し、類型化します。
- 具体的な人権項目の洗い出し:
- 強制労働: 不当な労働契約、身分証の没収、借金による拘束など。
- 児童労働: 国際基準や国内法で定められた最低就業年齢未満の労働。
- 差別: 性別、人種、宗教、出身地などに基づく不当な待遇。
- 安全衛生: 危険な労働環境、保護具の不足、適切なトレーニングの欠如。
- 結社の自由と団体交渉権: 労働組合の結成や団体交渉の権利の侵害。
- 適切な賃金と労働時間: 法定最低賃金の未払い、過剰な労働時間、残業代の不払い。
- 先住民族の権利: 土地利用や資源開発における先住民族の権利の侵害。
- 事業活動との関連性の特定:
- 自社の事業活動(例:製品設計、原材料調達、製造、輸送、販売)が直接的に人権侵害を引き起こす可能性。
- サプライヤーの事業活動を通じて、間接的に人権侵害に寄与する可能性。
- リスクの洗い出し手法:
- チェックリスト: 事前に作成した人権項目リストに基づき、該当するリスクを洗い出す。
- サプライヤーへのアンケート調査: 自社の基準に基づいた質問票を送付し、サプライヤーからの情報を得る。
- 現地ヒアリング・訪問の計画: リスクの高いサプライヤーに対しては、現場でのヒアリングや訪問を計画します。これは、サプライヤーとの関係構築にも繋がります。
ステップ3:リスクの深刻度と発生可能性の評価
特定されたリスクについて、人権への影響の深刻度と、そのリスクが発生する可能性を評価し、優先順位を付けます。
- 人権への影響の深刻度:
- 影響の規模: 影響を受ける人の数(多数か少数か)。
- 影響の範囲: 影響が広範囲に及ぶか(例:コミュニティ全体か、特定の個人か)。
- 影響の不可逆性: 一度発生すると元に戻せない影響か(例:死傷事故、強制移住など)。
- 影響を受ける人の脆弱性: 影響を受ける人々が、女性、子ども、移民労働者、先住民族など、特に脆弱な立場にあるか。
- 発生可能性:
- 過去に同様の事案が発生した事例があるか。
- 当該国や産業における一般的な状況、法規制の整備状況、執行体制。
- サプライヤーの過去のパフォーマンスや監査結果。
- 優先順位付け:
- 深刻度が高く、発生可能性も高いリスクを最優先で対処すべきリスクとして特定します。
- 例えば、深刻度は高いが、発生可能性は低いリスク、あるいはその逆のリスクについても、今後のモニタリング対象として記録します。
ステップ4:特定したリスクの記録と報告
特定した人権リスクは、体系的に記録し、関係者に共有します。
- リスクレジスターの作成:
- 特定されたリスク、その深刻度と発生可能性の評価、関連するサプライヤーや地域、対応方針などを一覧化した台帳(リスクレジスター)を作成します。
- これは、今後の対応状況を管理し、進捗を追跡するための重要なツールとなります。
- 関係者への共有:
- 社内の関連部署(調達、法務、CSR/ESG、人事など)や経営層に対し、特定されたリスクについて報告します。
- 必要に応じて、サプライヤーともリスク情報の一部を共有し、協力体制を構築することも検討します。
効果的な社内連携のポイント
人権リスク特定は、特定の部署だけで完結するものではありません。社内全体を巻き込み、連携体制を構築することが成功の鍵となります。
- 経営層への説明とコミットメントの獲得:
- 人権リスクへの対応が、単なるコストではなく、企業価値向上に資するものであることを具体的に説明し、経営層の理解とコミットメントを得ることが不可欠です。
- 法的要件だけでなく、投資家や消費者からの期待の高まりも、重要な動機付けとなります。
- 関連部署との連携体制構築:
- 調達部門: サプライヤーからの情報収集、アンケート、監査の実施。
- 法務部門: 法規制の動向把握、契約書への人権条項の組み込み。
- CSR/ESG部門: 全体の方針策定、外部ステークホルダーとの対話。
- 人事部門: 自社従業員の人権尊重に関する内部方針との整合性。
- 営業部門: サプライヤーとの既存関係を活用した情報収集。
- これらの部署間で定期的な会議体を設け、情報共有と役割分担を明確にすることで、効率的なリスク特定が可能になります。
- 専門家の活用:
- 人権に関する専門知識が社内に不足している場合は、外部のコンサルタントやNGOと連携することも有効な手段です。彼らの知見やネットワークは、特定が難しいリスクの発見に役立ちます。
結論
サプライチェーンにおける人権リスクの特定は、一見すると複雑で広大なタスクに思えるかもしれません。しかし、本記事で示したステップと社内連携のポイントを参考に、一つずつ着実に進めていくことで、貴社のサプライチェーンにおける人権リスクを明確に把握し、適切な対応へと繋げることが可能です。
リスク特定は一度行ったら終わりではなく、サプライチェーンの変化や社会情勢に応じて継続的に実施すべきプロセスです。このプロセスを通じて得られる知見は、貴社のサプライチェーンの透明性を高め、より持続可能でレジリエンスの高い企業へと発展させるための基盤となるでしょう。